本気の英語学習(1) 空海の外国語習得術

「歴史探訪の旅、日本史ミステリーと英語の秘密」という題で、これから何回かに渡って、歴史を通して真の英語学習というものを考察していきたいと思います。よろしければ、ぜひお付き合いください。第一回は、仏教で有名な人物「空海」をテーマにして、その英語学習との意外な関係を観ていきます。

ただし、この「特殊」カテゴリーでは、大きな事情があって本当に英語を必要とされる方が、本気で英語学習をしたいという特殊な状況を想定した特別企画となっております。堅苦しいものとなるかもしれませんが、読み物としても楽しめる内容となるよう努めました。内容の精確性は保証いたしかねます。それでは、始まり始まり。

平安の世に、

佐伯眞魚(さえきのまお)という男がいた。

彼は幼少の頃からたいへん利発だったため、一族の期待を一身に背負い、一流の家庭教師の下、様々な英才教育を受けていた。

しかし、本人としては、周りの期待に応えることは重荷であった。彼は相当悩んでいた。

結局、大学の明経科(現代でいう有名大学の英文学科)に進学するが、当然、勉学にも身が入らない。

その英文学科では、歴史的古典を一文一句、いかに精確に丸暗記できるかが重要だった。しかし、そこで優秀な成績を収めることができれば、士官(現在でいうところの、国家官僚)になる道が開ける。それが、平安時代における典型的な成功コースだった。

しかし、佐伯眞魚は、そこでの成績に伸び悩んでいた。

外国語の膨大な単語や文章を暗記することに苦労し、自分には何かを記憶する才能がないと嘆いた。そもそも、彼自身は儒学(喩えるなら英文学)に何の興味もなかったのだが、大学中退すれば親に責められる。就職もできない。周りの期待に応えて、自分の存在を認めてもらうこともできない。

佐伯は、そのような板挟みの中で人生に悩んでいた。

現代の多くの若者同様、青年期のモラトリアムのなかで彼もまた自分探しの旅に出る。そして、ある宗教集団の存在を知る。

当時、奈良周辺には自然智宗と呼ばれる、仏教宗教が興っていた。

教団は密教系であったが、密教以前に古くから伝わる古代の経典を研究しながら、山林で宗教活動も行うという、自然崇拝型の宗教であり、彼らの目的は「自然智(じねんち)」と呼ばれる、自然界が本来的に宿すとされる「全知」の状態に至ることだった。それによる自他の救済が理念だった。

佐伯は当初、教団の観念的な理想には惹かれなかった。確かに彼は、幼少の頃より、それなりの仏教環境にはあった。しかし彼からすれば、目下の最大の関心ごとは「大学で落ちこぼれを脱すること」であり、「親の期待に応えること」であり、そのために「官僚になる」ことだった。

佐伯は、まだ密教はおろか仏教さえ正式に学んではおらず、宗教というものと距離を置いていた。

ところが彼は、その教団の教理に、奇妙な点を見いだした。次の一文である。

「即得一切教法文義暗記」、「心永無遺忘」。この言葉に、心を奪われた。

それは「絶大な記憶力と読解力を得ることができる」という教えだった。これが、悩み多き青年の心の隙間に、深く染み込んだ。

彼はこの宗教にハマり、大学の長期休暇を利用して、奈良県からわざわざ阿波国(徳島県四国)の深山幽谷まで行って山岳修業し、それにとどまらず、土佐(高知県)で引きこもりになり、室戸崎の海蝕洞穴にて、社会との交わりを断った。

一沙門より”虚空蔵求聞持法”を授かる
法に依って此の真言百万遍を誦ずれば
一切の享保の文義を暗記する事を得。
阿国 大滝嶽(たいりゅうのたけ)に躋り(のぼり)攀ぢ(よじ)
土州室戸崎に勤念(ごんねん)す
谷響(たにひびき)を惜しまず 
明星来影す

ある夜明けの朝、この世のものとは思えぬ神秘的な光が差し込む。

見える風景はどこまでも続く空と、果てしなく広がる海原だった。

このとき、佐伯は当初の期待通り、「絶大な記憶力と読解力」を授かり、これまで覚えられなかった外国語の経典を、「圧倒的な速さ」で労なく吸収していくようになった。

それは周囲を驚かせたが、彼自身が一番驚いたのは、学力の向上ではなかった。世界の見方が、根本的に変わった。「何か」が根本的に変わってしまったのだ。

佐伯は何を思ったのか、大学を中退し、仏法の道に進んだ。

彼は空海と名乗り、人々が伝染病や飢餓や水害などで苦しむとき、その傍らで祈りを捧げ、他者を励ますことに生涯を尽くした。

その功績は、現代に到るまで後世に語り継がれている。

この逸話には、いくらかの脚色があるだろう。

しかし、能力開発という点で、大変示唆に富んでいるように思われる。空海が飛びついたように、「絶大な記憶力を得られる」という文言は我々英語学習者を強く惹き付けてやまない。

そこで空海が実践した修行法とは一体何であったのか、そしてそれは本当に語学に役立つのか。この問題について、次の記事で少し考えてみたい。

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